Latest Entries

爆笑ホモフォビア問題


--------------------------
・男性はなぜ同性のヌードを嫌がる?
http://www.huffingtonpost.jp/2017/06/27/fragile-men-cannot-handle-espn-nude-photo_n_17314666.html?utm_hp_ref=japan
--------------------------

女のボディは、子どものボディのバリエーションざます。
つまり、女のボディは基本子どものボディのまま、ということ。

この記事は、その程度のことが ── あからさまに露呈されている明々白々なことがらが ── 全世界規模で把握されていない、ということの証明ざます。

白痴すぎるぞ、世界。

で。
女の実相とは、「ネオテニー」(幼形成熟) のような背理なのかもしれない、と思う 。
つまり、、大人同士はセックスしない、ということざます。

ああ。ヤバいこと言ってるなあ。

ユニセフ


「ネオテニー」 の説明などしない。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8D%E3%82%AA%E3%83%86%E3%83%8B%E3%83%BC




スポンサーサイト

ひとかけらもありません ── 9条様・その2


日本国憲法 第9条というのは、人類史上きわめて稀な 《負》 を主題とする宣言ざます。
それはつまり、「戦わない」 「参加しない」 「仲間にならない」 「なんにも言わない」 などの 「しない」 ことをよしとする宣言、ということざます。

ゆえに、9条様を支持するということは
「なんにもしない。抵抗なんかもしない」
ということざます。

9条様に関して、それ以外の解釈はすべて寝言ざます。


         *

------------------------------
・憲法9条を削除せよ 井上達夫(法哲学)
https://www.buzzfeed.com/satoruishido/kaiken-goken-dame?utm_term=.kv33L3Mbm#.irDNkNObx

みなさんの中にも多いでしょ。憲法は権力を縛るものだという人、9条を守ることで戦力を縛っていると思う人もいるでしょ。
(略)
それはウソなの。9条があるから、戦力を憲法で縛れなくなっている。日本国憲法に、戦力は存在しないから、自衛隊は戦力じゃないとされている。現実にある戦力を憲法で統制できないのは、立憲主義ですかね?
------------------------------

さすが東大教授。9条様のことをよくわかってる。
でも、朕だったら、もっと9条様にやさしく、もっとポジティブに言ってあげる。
9条様は法規であることを 「しない」 唯一の法規。 「しないのテーマ9条様」 は、それくらい 「しない」 (!)

         *

9条様は、あらゆる役に立たないもののメタファーざます。

だから覚悟を決めな。
9条様をプッシュするということは、「この世界からトンズラする」 「人間を裏切る」 あるいは 「一生を棒に振る」 ということとイコールざます。

ちなみに。
朕はフザけるために生きている。
ゆえに、朕が9条様ざます。
したがって覚悟などひとかけらもありません。





・9条様 【 全世界と朕のバラード 】
http://balladchingworld.blog.fc2.com/blog-entry-466.html





同性愛


ゲイ&レズビアンは、同性愛 (ホモセクシュアル) で性的マイノリティらしい。

でも、朕はそう思っていない。
いわゆるゲイ・カップルやレズビアン・カップルについては、以下のように考えている。

----------------------------------------
・男好きの (=女脳の) 男同士がラブとかセックスをするのがゲイ・カップル。
つまり、女脳が男ボディとラブとかセックスをするのがゲイ・カップル。
ゆえに、ゲイ・カップルは本当は異性愛のカップル。

・女好きの (=男脳の) 女同士がラブとかセックスをするのがレズビアン・カップル。
つまり、男脳が女ボディとラブとかセックスをするのがレズビアン・カップル。
ゆえに、レズビアン・カップルは本当は異性愛のカップル。
----------------------------------------

もちろん、以上は、話をわかりやすくするための極論で、現実のゲイ・カップルとレズビアン・カップルの内実には、いろんなグラデーションがあるとは思うけど。

というわけで、朕思うに──
同性愛って本当はないんじゃないの? 
さらに、“いわゆる同性愛” は本当は普通の異性愛なんだから、別に性的マイノリティじゃないんじゃないの?

どうよ? 朕はもっぱら発狂専門だから、なんか致命的な誤解があるかな? はは。
たぶん、誰もイエスもノーもも言ってくれないと思うけど。あははははは。


レインボーフラッグ


※ この話は、LGBTが差別されているという現象的なプロブレムとは異なるゾーンの話ざます。念のため。


(おまけ)
ついでだから、以上の朕の話とバッティングするかもしれない、もう一つ別のゲイの謎 (あくまでも、女脳らしいゲイの話ね)。
朕が以前から抱いていた疑問と同じ疑問をもったらしい女性のブログから。
http://spinou.exblog.jp/20822326/

----------------------------------
私がいつも不思議に思っていたのは、私の周囲にいるゲイのカップルの自宅に筋肉質の男のヌード写真や絵やオブジェがあれこれ飾ってあり、レズビアンのカップルの自宅には、豊満な女性ヌードの絵などが飾ってあることだった。
(略)
外見よりも人間性、取り換えのきかない自分だけを見てほしいと思わないのだろうか。私なら「自分の彼」がどこかの美女の写真を観賞用に飾っておくなどとても我慢できない。

しかし、どうやら、同性愛カップルの彼らや彼女らは、それらの「観賞用の図像」をいっしょに眺めては鼻の下をのばしているらしい。その心理が分からなかった。
----------------------------------

女脳なゲイの大多数って、実はボトムの部分で女脳度が低いんじゃないの?






人権反対


人権についてテキトーに探ってみたら、人権思想の原点は、
「死にたくない(殺されたくない)」
「無理強いされたくない」
「奪われたくない」
等々のヒューマンの気持ちであることがわかりました。

で。
「死にたくない」 「無理強いされたくない」 「奪われたくない」 等々は、実は動物が一番熱心に考えていることざます。意識的だったり無意識的だったりするけど。

だったら、動物にも人権があっていいはず。
でも、動物に人権はない。その証拠に、動物は動物愛護法とかの対象ざます。

       *

というわけなので、以下のような寓話を考えてみました。

       *

ある日突然、ラジオより朕の玉音が放たれ 「人権という概念の廃止」 を告げる。
さらに、「以降、臣民は、動物愛護法のケア対象のファーストクラスとして下方修正される」 ということもあっさりと告げる。別に耐えがたくもなく。

それを直立不動あるいは土下座で聞いていた臣民たちのどよめき。
「ざけんな。おれたちは人間だ、バカヤロー」
ゼアズ・ライオット・ゴーイン・オン。パワー・トゥ・ザ・ピープル。

しかし、そこですかさず朕から必殺の一撃。
「もちろん、みんなは人間。ただし、死にたくないだけだから動物人間。だから動物人権。実質、今とな~んにもかわらないから、そんなに心配しないで」

玉音放送

       *

捕鯨反対や殺処分絶対反対みたいな 「動物を人間あつかい」 方向だと、最終的に、天敵的なものまで人間あつかいせざるを得なくなって、きわめてデンジャラスなゾーンに突入する。

一方、「人間を愛護動物あつかい」 にはそういう落とし穴がない。というより、とりあえず今のところ、なにひとつ問題がないような気がする。
人権思想由来の 「死にたくない」 「無理強いされたくない 」「奪われたくない」 等々だけが人間の条件であるならば。


(おまけ)
動物は動物愛護をしない。
ゆえに、動物愛護的なアクションこそがヒューマンのヒューマンたるゆえん、ということはある。もちろん。
そのことについては、またあとで考えるつもり。



死にたくない、以外


---------------------------------------
・最後の人間  (浅田彰 「歴史の終わりと世紀末の世界」1994)

歴史的闘争から解き放たれ、安逸と退屈のなかで凡庸な消費者になりさがってしまう人間のこと。
すべてのパターンがすでに既知になったのだから、それを適当に引用してリミックスして消費していく姿が再現なくリプレイされていく世界を当然視する。
コジューブ (フランスの哲学者) にしたがって、物質的に充足されたなかで惰眠をむさぼる 「アメリカ的動物」 ともっぱら無意味な形式と反復と洗練に没頭する 「日本的スノッブ」 に分けることができる。
人間は死を賭けることができるからこそ人間であり、戦争はそのための最高の試練であるが、核の出現とともに、人間が人間であるために必要な戦争が不可能になってしまったことと、最後の人間の出現は、密接に関係している。
--------------------------------------

90年代当時、「もっぱら無意味な形式と反復と洗練に没頭する日本的スノッブ」 としてイメージされていたのは、いわゆるサブなカルチャーの消費者。
すなわち、 文芸/音楽/映画/マンガ・アニメ/オカルト/ゲーム/パソコン/ガジェット/カー・ライフ/鉄道/スポーツ/D I Y/ヘルシー/グルメ/ペット/癒し/ギャンブル/ジャンキー.........エトセトラ エトセトラ。
しかし今や、大ニッポン会議やリベラル会議などなどが、その範疇の代表格かも。

阿部ちゃんやともちんが消えても、「最後の人間」 が消えるわけではない。
阿部ちゃんやともちんが消えて、石破さんとかになっても、「最後の人間」 が消えるわけではない。
阿部ちゃんやともちんが消えて、民進党政権や共産党政権になっても、「最後の人間」 が消えるわけではない。

《動物の無意味な没頭》 から脱出できるわけではない。



                  *

いま現在ヒューマンには 「死にたくない」 以外に生きている理由がありうるか?
それはイコール、いま現在ヒューマンに思想信条はありうるか? ということざます。

思想信条とは、死んでもゆずれない価値感や美意識ざます。
死んでもゆずれない価値感や美意識がなければ ── 「死にたくない」 だけだったら ── ヒューマンがヒューマンである必要はない。

というわけで、クエスチョン・ワンス・アゲイン。
いま現在ヒューマンはヒューマンでありうるか?
もちろん、ヒューマンはヒューマンであらなければならない、動物であってはならない、という決まりはありません。

(「死にたくない」 は、もちろん、子孫たちの「死にたくない」も含みます。う~ん、朕っていじわるだなあ.....)

三島由紀夫

(おまけ1)
死んでもゆずれない思想信条は、実は身近なところに結構ある。
イスラム国やオウムや億万長者や名声や整形やダイエットやストーカーや過労死や無理心中......などに代表される小規模(!)な宗教。

(おまけ2)
「死にたくない」 だけだったら人権って必要か? という話でもある。





1件

子どものいる夫婦が離婚する場合、可能なかぎり、子どもは男が連れて行った方がいいと思う。

連日トゥ・マッチな事件が続くから、もしかしてと思って「事件 父子家庭 子ども 虐待」で検索してみた。
そういう事件として確認できたのは、2013年に「クローズアップ現代」が取り上げた育児ストレスがらみの1件のみ。
http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail02_3414_all.html

もちろん1件しかないわけじゃないと思う。でも「事件 母子家庭」の検索結果とくらべたら、ザックリ言って「1件」しかないんだよ。
そういう現実。
(朕は分母の問題ではないと思っている。直感的に)

ひとりになった親が子どもを連れていく場合、何らかの専門的なチェックがなされるべきだと思う。上記のような現実をかんがみるなら、特に女性の場合にこそ、そういう審査が必要だと思う。
あまりにも長い間 「子どもはママと」 が世間的な暗黙の了解になりすぎているぶん、現状はノー・チェックすぎる。

「女をひとくくりにしないで! セクハラ反対!」
そう言うよね。
正解。そのとおりざます。

でも、そう言う女の人たちに訊きたい。
おとな(の女)の「人間としての尊厳」と、「ブチ殺される子どもが減ること」、どっちが先よ?
もちろん、朕のこの問いは100%のカテゴリー・エラーざます。
しかし、このエラーは、現実的にはたぶんまちがっていないと思う。

最低最悪な大エラーのリピートはもうイヤなんざます。



テーマ:ロックンロール - ジャンル:学問・文化・芸術

育休

・「育休」ではなく「育専」へ
http://www.huffingtonpost.jp/hiroki-yoshida/children-care_b_8888526.html?utm_hp_ref=japan
-----------------------------
「育休」は決して休んでいるわけではない。「休む」という言葉があることの誤解や弊害も大きい。いっそのこと「育休」という名称も変えてはどうだろうか。「育児に専念する、または育児に専従する期間」ということで「育専(いくせん)」という考え方のほうが筆者にとってはしっくりくる。
------------------------------

お世話してやらなくちゃいけない子どものお世話をしないで仕事とかをしてることを「育休」って言うんだよ、バカ。
「育児エスケープ」てことだよ、バカ。
順序が逆なんだよ、バカ。

アップ・サイド・ダウン



テーマ:ロックンロール - ジャンル:学問・文化・芸術

みなしごがいっぱい

現在の子育て世代の中に、父親・母親みずから「とーちゃん」「かあちゃん」と名のり、チルドレンにもそのように呼ばわせている人々がときどきいる。

ときどきじゃない。そこそこいる。
そこそこそこそこそこそこ、いる。

そこそこいる「トーカーズ」。
そこそこいる「トーカーズ」は、あれかな? ブチ殺されたいのかな? 朕に。
(「トーカーズ」が限界ざます。朕はそれ以上はタイピングすることさえ耐えられない)

理由などないさ。
あったって言わないさ。あるけど言わないさ。
言ったって汝らには理解できない。汝ら「トーカーズ」にその《倫理》はゲットできない。
その《倫理》がゲットできないから、その《倫理》が欠けているから、汝らは「トーカーズ」なのさ。

汝らの正体は盲獣。鈍獣。そして、レイパーズ。
大日本のなんでもない人民の正常な違和感を、笑いながら抑圧する盲獣的バイオレンスざます。
大日本のなんでもない人民の正常な皮膚感覚と節度を、歌いながら蹂躙する鈍獣的集団レイプざます。

だから、汝らは 《悪》。

そして、汝らの正体の、そのまた正体は、自意識。
その自意識がきもちわるい。超きもちわるい。
きもちわるいのエッセンス、それもまた《悪》ざます。
文字どおり、気持ち《悪》い。

あ。
むこうでチルドレンが汝らを呼んでるよ。
汝らもさっさと、ただの親になって、迎えにいってやればいいのに。
つべこべ言ってると、ブチ殺すよ。朕が。
汝らのチルドレン、全員 《みなしご》 にしてやろうか? あははははははははは。

とー&かあ3

とー&かあ

とー&かあ2


テーマ:文明・文化&思想 - ジャンル:学問・文化・芸術

ステップファミリー

NHK特報首都圏 「ステップファミリー」を見た。
http://www.nhk.or.jp/tokuho/program/141031.html

ステップファミリーとは、ひとり親が再婚したりして、継親継子関係が生じた家族。
番組では、「成功しているステップファミリーは、なにごとも、まず子どもの立場に立って考えている。具体的には、《実親が実子の監督をする。継親はクチを出さない》というような基本的なルール作りが重要」と結んでいた。

だけど。
見ていてハッキリとわかったこと。
それは、「ステップファミリーという状態になることを喜んだ子どもはひとりもいなかった」ということ。
                         * 
子どもの立場に立って考える? 
果てしもない図々しさ....... 
どの口がそういう寝言を言ってる。
死別でもないかぎり、そもそも「離婚」が子どもの気持ちより自分の気持ちを優先した結果だよ。いくらバカでも、せめてそれくらいのことは自覚しろ。

なにが「成功しているステップファミリー」だ。
「すでに一度、自分のエゴで子どもを苦しめたバカが、あらためてもう一度、自分のエゴで子どもを苦しめている。そして、そういうろくでなしが、今回もまた二人いる。だから、子どもはあきためた。だから、子どもはもう一度ガマンすることにした」
それだけのことだよ。
人間の都合で盲導犬 にされた犬を、あらためてもう一度いたぶったヤツについてどう思う?
もちろん、子どもは犬なんかじゃないけどな。

たった一度きりの人生か。
でもいいかげん、そのはた迷惑な人生を、縦横無尽に謳歌するのはやめてもらおうか。
せめて、今回をかぎりにやめてもらおうか。
この世には、オマエとオマエにお似合いのバカ男・バカ女以外にも生きてる人間がいる。
オマエのすぐ横にいる。

オマエは、もうそれ以上、自由に生きるな。

菊次郎の夏





テーマ:子育て - ジャンル:結婚・家庭生活

礼儀知らず

ブログってだいたいつまんないよね。

朕は、ジャーナリズム、アカデミズム、カルチャー、サブ・カルチャー、その他もろもろ興味があるから、いろんなブログをのぞいたけど、個人的に知ってるナイスな情報を提供します的な「実利系」以外の「非実利系」ってつまんないね。
で、超つまんない「非実利系」だけど、それでも、まれにおもろいのもあって、これがなんでおもろいかというと、「書き手がちゃんとエンターテイメントを意識してる」& 「そのためのテクニックを持ってる」からざます。
あつかってるジャンルとかシリアスとか冗談とかに関係なく。

非実利系のつまんないブログを分析してみると──
1番多いのが、「日記」と「公開日記(=読ませるもの)」の混同。
これは、まあ、罪はない。ただのいい人。どうぞそのまま続けてください。お元気で。
で、次に多くて1番問題なのが、「ノーテク」を「礼儀」でやりすごそうとしてるやつ。これが一番うっとおしい。
なんでうっとおしいかというと、話の内容より、話し方のつまんなさという最大の内容の方が先に伝わってくるのに、命綱みたいに礼儀だけわきまえていたりするからボロクソに言えない。
ああー、大っ嫌い。朕って、そういう人たちが世の中で1番嫌い! ぶぶぶぶぶぶぶー

一方、おもろいブログを分析してみると──
 ①言いたいことかあって、なおかつ、楽しんでほしいと思っていて、さらに、楽しませるための技術を持ってる
 ②言いたいことなんか別にないけど、ただ楽しんでほしいと思っていて、さらに、楽しませるための技術を持ってる
のどっちか。やっぱりネックは「楽しませるための技術を持ってる」ざます。

ちなみに、楽しませるのココロは大切なんざますが、楽しませ方の角度はいろいろ。

爆笑を呼んで楽しんでもらう。
クスクスさせて楽しんでもらう。
応援して楽しんでもらう。
安心させて楽しんでもらう。
納得させて楽しんでもらう。
ジ~ンとさせて楽しんでもらう。
悲しくさせて楽しんでもらう。
不安にさせて楽しんでもらう。
説教して楽しんでもらう。
叩きのめして楽しんでもらう。
絶望してもらって楽しんでもらう。
首吊ってもらって楽しんでもらう。

朕の場合は、下の方専門だな。ウヒョヒョヒョヒョヒョ。
ま、なるべく楽しんでもらえるように工作&暗躍してみるズラ。

銭ゲバ


テーマ:ロックンロール - ジャンル:学問・文化・芸術

どんどん減っていく

みんなが思っているとおり、これからの日本は「たそがれ」。
どんどん人が減っていくんだから「たそがれ」ざます。

「3・11」だから、それにからめて言えば、次の3・11の日、その次の3・11の日と先に進むにつれて、被害はどんどん減っていくんざます。人が減っていくんだから。
地震による「悲劇」に限らず、その他のいろんな「悲劇」もどんどん減るんざます。

この前、ラジオで、少年法改正反対の人が「統計では少年の凶悪犯罪は減少の一途をたどっています。一時的な風潮に流されないでください!」って言ってたけど、そうじゃないと思う。
少年が減少の一途をたどってるんざます。

で、昨日今日あたりは、たくさんの善き人たちが、空襲と地震がらみで、いろんなことを「忘れるな! 風化させるな!」って言ってるんだけど、なにより忘れないでほしいと思うのは、「忘れるな! 風化させるな!」って言ってる人の数が、言われてる人の数より圧倒的に多いっていうことざます。
仲間がいっぱいいた時代の膨大な問題についての膨大な言いたい放題を、少人数の次世代に言い残さないでほしいざます。

そんなにいろんなこと言われたって困るんざます。人手もないし。
大勢で言いたいだけ言って、で、先に死んじゃうんだから、本当にズルいざます。

《おまけ》
普通に考えたら「たそがれ」に備えての「備え」は、「忘れるな! 風化させるな!」じゃなくて、「墓じまい」のような「備え」ざます。

大荷物

テーマ:日本の未来 - ジャンル:政治・経済

«  | ホーム |  »

2017-09

プロフィール

 

朕

Author:朕
オーチン・ハラショー。朕ざます。
朕は、麻呂や主のようなものざます。
東京都在住。朕&ドーター&ボーイ。3人暮らしの朕ざます。

 

最新記事

 

 

最新コメント

月別アーカイブ

カテゴリ

全記事表示リンク

検索フォーム

 

 

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

 

QR