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リベラリズムにとって人権とは何か (!)


「リベラリズムにとって人権とは何か」 というものすごい話をします。

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・虐待死 「もうおねがいゆるして」
https://www.huffingtonpost.jp/shun-otokita/meguro-20180607_a_23452860/?utm_hp_ref=jp-homepage
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ママだけでもパパだけでも子どもは育てられる。
というより、ママだけパパだけだったら、生活のこと&子どものことだけで手一杯になるはず。

でも、「手一杯にならなかった」 らしい。
朕は、「手一杯になるはずなのに、手一杯にならなかった」 という妙な現象 (ズラかり) によって子どもが死んだのだと思う。

ゆえに、チェックポイントは 「手一杯か否か」 ざます。
基本方針は、子どもの人権 >ママ・パパの人権。
ママ・パパの人権などほぼほぼ無視していい。逃がさないように偏見&強権によって(!)人品や私生活をチェック。
そして、逃げずにすむようにエンパワー。あるいは隔離。
それだけのことざます。

       *

以上の発言は、欧米だったら瞬殺されます。
偏見ではなくリベラリズムによって、十全なエンパワーをしたいらしいので。

リベラリズムは 「人権は一種類」 と思っています。
リベラリズムの思っている 「人権」 の中で、子どもは大人と同じ 《無時間》 という地平におかれ、ぼんやりとたたずんでいます。子どもは最も 《時間》 の中にいる存在なのに。

朕は、そんなのは “くるくるぱーの世界” だと思います。


イマジン





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奇病


日が暮れる。
暗くなっていく。
子どもの心に不安が生まれる。
そして、まれに、その不安に耐え切れず亡くなってしまう子どもがいる。

五時病。
毎年、世界で数名だけが発症する。4・5才になったころ。

亡くなった子どもは、「オカエリ」 というものになって上空に昇っていく。
本当はもっと生きられた。そのもっと生きられたぶんを太陽に足しにいった。

五時病はあの子たちの知恵。
でも、本当は、明日もまた昇ろうとする太陽によるたくらみ。

タロット・オブ・マルセイユ




・公衆電話 ~ 【 全世界と朕のバラード 】
http://balladchingworld.blog.fc2.com/blog-entry-872.html





晴れ着


成人式。

昨年中のはやいうちに、知らないうちに、ママが仕切ることになっていた。
スマートな通信によってそういうことになっていた。

だから朕は関与できなかった。
ドーターの晴れ着は見られなかった。

残念。


成人式










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・イクメン前提時代のもがき ─── 減った給料、消えない後ろめたさ
https://news.yahoo.co.jp/story/852
仕事が忙しくなりすぎないように、コントロールしている。
同僚たちとの飲み会は控え、「効率重視」 という理由で、社内で同僚たちと立ち話をすることも避けている。
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仕事が午後からの出版社なのに、暴力的に夕方5時で帰っていた。
おともだちとの飲み会なども 「夜」 だからありえなかった。というより、おとなの人付き合いとは基本的に 「夜」 だから、人付き合いそのものを消した。

そのようにして、朕は社会的にも経済的にも孤立した。
そして現在にいたる。


子ども食堂


《おまけ》
ちなみに、朕の場合、記事の会社員とはちがってうしろめたさとかはひとかけらもなかった。
彼よりも知見が深かったし、そもそものメンタリティが圧倒的にノーマルだったから。
(ああ。年がかわってもあいかわらずひとこと多い朕だなあ.......)






異常値


朕は世の中となんの関係もない。

学校にも行ったし、バンドもやったし、社会に出て働き、ドーター&ボ-イのパパにもなったけれど、結局のところ朕は世の中となんの関係もない。
関係を持とうとしなかった。

だから、朕は点ざます。
よく言えば奇跡的に点のまま生きて来られたひと。

そして、それは同時に、ドーター&ボ-イが今後世界とむきあっていくとき、唯一参照できるデータがそのような異常値である、ということざます。


RED.jpg


もうひとつ、ちがう言い方。

そもそもの資質が孤立にしか着地できないものであった。そして、そういう資質がその後 「ひとり親」 という孤立の王道みたいなシチュエーションによって、さらに取り返しのつかないところまで補強された。

が、しかし。
朕のそのような異常値は、現在および今後の日本社会においては典型的な孤立の1パターンということになるかもしれない。






有楽座

有楽座

1984年、大学生だった朕は、当時東宝の一番館だった日比谷の「有楽座」でアルバイトをしていた。
しかし、働きはじめて1年もたたないうちに、東宝の方針で「有楽座」はその長い歴史の幕を閉じた。

惜しまれつつの最終上映企画は、約1ヶ月にわたる「さよならフェスティバル」。上映作品は下の写真のとおり。朕はコクトーの「美女と野獣」を観た。そして、スクリーンで観る「天井桟敷の人々」という稀有な体験もした。

さよならフェスティバル

「さよならフェスティバル」には有名人もたくさん来た。
荒木経惟が場内で記念写真撮ってたし、お客の案内をしていた朕に「座れる?」と声をかけてきたのは、サングラスをかけていたけれど、まぎれもなく渥美清だった。

有楽座閉館後、朕は、日比谷のバイト仲間たちが誰も行きたがらなかった新宿エリアを希望して配属された。
そして、歌舞伎町に通うようになった朕のアパートには、取り壊される予定の「有楽座」の壁からはがしてきた1メートルくらいの大きな鏡と、倉庫で見つけてもらってきた「自転車泥棒」のポスターがあった。

《おまけ》
当時の東宝の学生アルバイトは、銀座&日比谷でも新宿でも、そのエリアのロードショーはなんでも無料で観られた。おまけに、本人のみならず、そのともだちもタダで入れてやることができた。
朕は、アルバイトの権力をつかって、当時好きだった女の子(例の彗星・慧子)を誘い出し、歌舞伎町でプリンスの「パープルレイン」をいっしょに観た。




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ためにのきのう

子育てというのは、「弱くてバカな者ども」を守って育てて、「弱くてバカな者どもを守り育てられる者ども」にしてやること。
それはつまり「あしたのために・その1」ということざます。

で。
「ネオ・リベ」「貧困」「ブラック」エトセトラ ── 現在のキーワードで象徴される全世界にあるのは、子育てとは正反対のベクトル。
「弱くてバカな者ども」が、「弱くてバカな者どもを守り育てない者ども」を育てる、という背理ざます。

すでに、ネグレクトというアンチ・テーゼの向こう側。

月食



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虚無への供物


「人が生まれ、生き、死んでいく。そのことに意味などなにもない」

野坂昭如とトニー谷と立川談志とシド・バレットとジョン・シュレシンジャーと深沢七郎とゲーンズブールと花輪和一とビートたけしと坂本慎太郎と、ほか多数がそう言っていました。
正直者ども。
朕も正直者です。

光、大地、水、風、花、動物。そして人。
そこに意味などなにもない。

なにもかもの答えが死なのだった。
なにもかもの答えがお墓。
だから、みんながお供えものをせずにいられない。
生きている言い訳をせずにいられない。

お参りにいこう。お供えものをもって。
お供えものは、生き物か音楽か絵か言葉。
4種類。ほかにはなにもないのだ。
びっくりするけど。

生き物(死)と音楽と絵と言葉。
ほかにはなにもないのだった。

ハカイダー



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彗星

きのうはボーイのバースデイ。そして、今日10月12日は、彗星・慧子(ケイコ)のバースデイ。

彗星・慧子は外語大インド・パキスタン語学科の学生だった。朕はチャラチャラした私学の経済学科。
朕はパブリック・イメージ・リミテッドとドアーズと「初級革命講座・飛龍伝」と慧子が好きだった。彗星・慧子はヘルマン・ヘッセとシュタイナーと密教と坂口安吾が好きだった。だから朕と慧子の話はほとんどかみあわなかった。それでも、朕たちは何度となくデート(?)を繰り返して、お互いの部屋にも行き来した。

そういう朕と彗星・慧子のあいだで唯一見解の一致をみたもの。それがプリンスだった。

プリンス・ファンだった朕が誘って映画「パープル・レイン」をいっしょに観た。そして慧子はプリンスにはまった。プリンスの中になにかを見たようだった。
話があうようになってうれしかったのも束の間、慧子は朕の想像をはるかに超えてプリンスに傾倒していった。アルバム「KISS」が出たころには、プリンスへのある種の帰依をつづったレターが朕のもとに届いたりもした。

その後の朕と慧子のかかわりが、どのように続いていったのか、続いていかなかったのか、細かいことはもうおぼえていない。最終的に彗星・慧子はラジニーシ(OSHO)に教えを乞うためにインドへ渡ってしまった。

それから何年間かたったある日、突然、彗星・慧子から「東京にいる。あした寝るところがない」という電話があった。朕は翌日がバンドのライブだったので「会場に来て」と伝え、下北沢のライブハウスでひさしぶりに慧子の顔を見た。
ライブがすんだあと池袋の朕のアパートに彗星・慧子をつれて帰り、泊めてやった。「疲れてるけどなんかテンションが残ってるから眠れないんだよ」とライブあとにありがちなボディ&ソウルの話をしたら、慧子はそれからずいぶん長い時間、朕のからだをゆっくりとさすってくれた。たぶん、テンダーな波動なんかも送ってくれたんだと思う。

もう20年以上前のこと。

それ以降、彗星・慧子とのかかわりはなんにもなかったtけれど、去年フェイスブック上で現在の慧子を発見した。投稿されていた記事によると現在は「数秘」という、これまた世間のうかがい知れない分野に没入しているようだった。
ちょっとした挨拶と近況のメールを送って返信ももらったけれど、もう会うことはないんだろうな......

「数秘」だってさ。あはははは。
そもそもの志が違うんだよ。太刀打ちできないよ、朕なんか。お誕生日おめでとう。

ポップライフ


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ロー・ファイ

ドーター&ボーイは高校生。

ドーターはスチュ~ピッドだから、勉強しないスチュ~ピッドな高校にボンヤリ出かけて、カリキュラムがスカスカだから、あっという間に昼過ぎには帰ってきて、あとはな~んにもやることがない。
な~んにもないから、その後は、ネット、ネット、ネット。夕飯。ゲーム、ゲーム、ゲーム。お風呂。ゲーム、ゲーム、ゲーム。で、11時すぎに、ゴー・トゥ・ベッド。で、携帯凝視、携帯凝視、携帯凝視、携帯凝視、携帯凝視(深夜まで)。

ボーイはエリートだから、カリキュラムのソリッドな高校に朝早くから出かけて、ソリッドに勉強して、ソリッドに部活して、ソリッドに課外活動などもして、暗くなってから帰宅。
その後は、急いで夕飯、急いでお風呂、急いで勉強と、息つくひまもなく一日終わって、11時すぎに、ゴー・トゥ・ベッド&ソリッド・スリープ。

             *

連日連夜、朕の目前で繰り広げられるあまりにも「格差」すぎる青春。

世の中「格差社会、格差社会」って騒いでるけど、そんな「格差」はたいした「格差」じゃないよ。ほんとの「格差」って、そんな生やさしいもんじゃない。

「にんげんの一生70~80年間の内容は、実は生まれたときにほぼほぼ決まってる」
これでしょ? ほんとの「格差」って。
なんか、世の中の全員が、「そういうことは絶対に認めません!」みたいな約束をかわしてるみたいだけどさ。うひょひょひょひょひょひょひょ。

「能なし」は「能なし」。だから、ロー・ファイなあしたしか待ってないかもしれないね。
たすけてやることは誰にもできない。もちろん朕にもできない。
ただ、朕は、そのロー・ファイなあしたをネグレクトすることはしない。朕だけは、絶対にシカトしない。

だから「人生にハイ・ファイもロー・ファイもありません!」なんて言うなよ。
抹殺するなよ。ロー・ファイな人生を。
抹殺するなよ。朕のドーターを。

にんじん

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明察

夕食は6時半ざます。
だから、全員、6時半には食卓にそろっていなければならない。
アルバイトを始めてちょっとだけ忙しくなったドーターも、高校生になってあわただしいボーイも、あいかわらず毎日家にいる朕も。

「愛というのは、習慣のことだと思う」
そういう明察があった。

朕はそのことばを20年くらい前に聞いた。
そして、愛をそのように形容した人と結婚した。
そして、10年後に離婚した。

つまり。
明察だけが残ったんざます。

明察

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サウンド・オブ “ サイレンス&ザ・キャット”

猫が好きではない朕の家に、ある日突然、猫が1匹すまいはじめていた。以降、もうかれこれ10年以上にわたり、その猫に苦しめられてきた。

対立ばかりだった夫婦の新しい対立理由にもなったし、ずっと後になってからは、朕とドーターとの間に小さな対立を引き起こした。
一家という単位で考えた場合、猫がいて良くなったことはなにひとつなかったと思う。猫さえいなければこんな問題はおこらなかった、ということばかりだった。

そして、訪れた離婚。
朕&ドーター&ボーイ&猫になった家。
住まいが破壊されていく。毛、ダニ、雑菌、糞尿、臭気。なにもかもが苦痛だったが、なにより吐き散らしが耐えられなかった。猫が吐いたものを処理しながら朕が嘔吐することもたびたびあった。
とにかく散々な目にあわされてきたため、ますます猫嫌いになった。

ただ、朕は猫を虐げることはしなかった。
猫には罪はなかったから。

しかし、これまでに1度だけ、本気で猫を呪ったことがある。
3.11 東日本大震災の直後。新居への引っ越しの日。
数日前から体調をくずしていたボーイ(当時小5)は、引っ越し当日にはひどく高熱となり、立ち上がることもままならない状態だった。
朕はもちろんボーイを背負ってやりたかった。しかし、それは不可能だった。
猫を入れた大きなバッグで片手がふさがっていたから。
朕は苦しむボーイを励まし続けた。そして、最寄駅から新居までの10分程度の道を、30分以上かけて無理やり歩かせた。
かわいそうでならなかった。
朕はあの時、「この猫をこの場でただちに叩き殺してしまいたい」と思った。

            *

そのようなせつない思いをしてようやくはじまった新生活。
リフォームされたきれいな室内。新品の青い畳。
そのきれいな畳を、猫はあっという間にボロボロにしてしまった。
ブチ切れた。というより、心が折れた。心がズタズタになった。心の底から「もう嫌だ」と思った。

            *

猫はその後もかわりなく、つつがなく暮らしている。いまはドーター&ボーイの勉強部屋を占拠している。
そこは、冬場にはふたりのためにこたつをおいてやる予定の場所だった。しかし、とうに荒れ果てあまりにも不衛生でそれはかなわない。

まもなく12月。受験をひかえたボーイは、寒い勉強部屋の机から、朕とドーターのいる暖かい居間へと移動し、毎日熱心に勉強している。
最小限にしぼったテレビの音。シャープペンが文字を刻む音。ページをめくる音。ドーターが携帯やゲーム機のボタンをプッシュする音。子供部屋で猫がツメをとぐ音。
サウンド・オブ “ サイレンス&ザ・キャット”。

猫




テーマ:猫のいる生活 - ジャンル:ペット

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朕

Author:朕
オーチン・ハラショー。朕ざます。
朕は、麻呂や主のようなものざます。
東京都在住。朕&ドーター&ボーイ。3人暮らしの朕ざます。

 

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