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テクノ/ギネス


ほんの少人数の仲間たちが、物資は少ないながらいろいろなテクノを駆使してそれなりに愉快にすごしていた。
で、それなりに愉快にすごしていたら人数がふえた。
ふえたから、「ふえたぶんをなんとかしよう」 と思ってさらにテクノをした。
それがテクノ人類史。

ゆえに、IT やAI がテクノであるならば、メインテーマは 「なんとかしよう」 でなければなりません。

「なんとかしよう」 がない場合、それはギネスざます。
そして、ギネスは純文学ざます。それも純文学の中の純文学、カフカざます。

* 写真は、ギネスが大嫌いな人と、朕が大好きなオドラデク


駅の名前を全部言えるようなガキにだけは死んでもなりたくない

オドラデク






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無意味ちゃん (リターンズ)


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・キラキラネーム (林修先生)
http://www.huffingtonpost.jp/2017/09/24/hayashis-argument_a_23221436/?utm_hp_ref=jp-homepage

固有名詞は意味を持たないんです。固有名詞は、あるひとつのものを特定して指示する機能があるんです。
とすると、ぱっと見た時に誰と特定できない、指示ができないような名前を付けることが、固有名詞本来のあり方に即しているのかと。

さらに大リーグで大活躍するイチロー選手の本名が 「鈴木一朗」 とありふれた名前であることを例に挙げ、「名前で個性を表現しなくてもいいんじゃないか」 と訴えた。
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正解。

固有名詞は、「あるひとつのものがこの世に存在する」 という意味しか持たない。ゆえに、あるひとつのものがこの世に存在しなくなったとき、その固有名詞は100%の無意味になる。

朕もドーター&ボ-イに記号みたいなドイヒーな名前をつけてあげました。


キャンベルスープ




ふんがー


ヒューマンは 「現実から逃避して幻想にひきこもる」 という能力を持つ唯一のアニマルざます。
その証拠に、「アニマル度が高いヒューマンは現実逃避がヘタ」 というみんなが知ってる悲しい法則があるじゃないか。
(まあ、悲しいぶん 「かわいい」 で相殺されたりもするんだけど)

フンガくん





幻想文学


自由意志 (近代的自我) というものは、たぶんないんだろう。
それはつまり 「ヒューマンは死にたくないから生きているだけ。ヒューマンはアニマル」 ということざます。

そしてさらに。
自由意志を前提とする 「人権思想」 は、自由意志などないという前提のなしくずしによって、「幻想」 ということになるんだろう。

ということは、近代以降のヒューマンとは、「アニマルだけど、幻想に逃避する唯一のアニマル」 ということになります。
もっと正確に言えば、近代以降のヒューマンとは、「人権思想などの幻想文学 (!) に引きこもることによって、アニマルな現実から逃避しようとする唯一のアニマル」 ということになります。


押絵と旅する男




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「責任という虚構」 小坂井敏晶 (2008)


責任という虚構


以下、アマゾンのレビューより。

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神経科学、心理学の見地から、「自由意思に基づく個人の行為」 という考えの誤りを暴き、そしてある出来事の主たる原因として特定された個人に帰される 「責任」 が、根拠のない虚構であると著者は論じる。
(略)
しかし著者は責任が虚構であるからといって、責任帰属をめぐる私たちの実践を改めようとは提案しない。責任概念は個人個人とは独立した集団の自律的ダイナミズムによって生まれる、あるいは社会の秩序によって要請されるものである。それは虚構ではあるが、ある種の必然性と実在性を持つ。

では責任を帰せられ罰せられる個人は社会秩序のための必要な犠牲であり、それは私たちが受け入れなければならないコストなのだろうか? 
著者はその点についてはあえて口を閉ざしている。
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ほ~らほらほら。
やっぱり、ヒューマンには 「自由意思」 はないんだよ。
つまり、「近代的自我」 というものはないんだよ。

だから、ヒューマンは 「ヒューマン」 じゃないんだよ (!)

(そして、だからこそ、ユキオという 「自由意思」 のことを考えてたんだよ)






「社会心理学講義 〈閉ざされた社会〉と〈開かれた社会〉」 小坂井敏晶 (2013)


社会心理学講義


以下、アマゾンのレビューより。

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社会の構成員が不満を申し立てながらもその中でのよりよい生活がありうることを信じられる虚構のシステムは、あらゆる普遍的価値の定立を否定する 「開かれた社会」 であるという結論だ。
普遍的価値とはたとえば、 「先天的不平等の解消」 にまで踏み込むような絶対平等思想のようなものである。

「開かれた社会」 は耳ざわりはいいが、殺人さえも 「絶対悪」 にはできない、すべてが相対化される社会でもある。
そもそも 「なぜ不平等はいけないのか」 という問いと同様、「なぜ人殺しをしてはいけないか」 に対する普遍的な答えを私たちは持っていない。それに括弧つきの解を与えることで社会が維持される。
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人権思想や民主主義、さらには自由競争まで。
近代以降のそういう ちょっと良さげな概念たち の “意外な” 役割について、みたいな本。




やる気


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・12星座 すぐやる気なくすランキング
http://news.livedoor.com/article/detail/13647365/
第12位は責任感が強い山羊座。「やるぞ!」と決めたことは強い意志を持って取り組み、投げ出すことはありません。途中、しんどい状況になっても、最後まで粘り強く最後までやり遂げるでしょう。
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当たってる。

ちかぢかAIだし、この世界に蔓延している 「やる気」 というものの大半がなしくずしになる日はきっとくる。
希望はある。
あきらめないぞ。

朕は山羊座の9条様ざます。

* 9条様 : 突出してやる気がない人。生きながら 「やる気ねえ」 に葬られている人










自由意思


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・神経犯罪学 (エイドリアン レイン)
── 人為や自由意思といった考えを損なうかのような試み
http://jp.wsj.com/articles/SB10001424127887324082304578458210595990822

ロンブローゾの物議を醸した学説には2つの重要な点があった。犯罪は脳の奇形に起因するところが大きく、犯罪者とはより原始的な種への逆行的進化だとしたのである。
(略)
第二次世界大戦中のホロコーストを受けて、ロンブローゾの学説の人種的側面は当然のように評判を落としたが、生理学や脳の特徴を重視した点では結果的に間違っていなかった。犯罪行為における遺伝学的、神経学的要因に関して、現代の科学者たちは当時よりもずっと説得力がある議論を展開してきた。
(略)
犯罪の理解と防止に神経科学を利用する神経犯罪学の分野は、われわれの 「悪い」 行いを引き起こすものに対する理解に革命をもたらしつつある。攻撃的、反社会的行動における分散の約半数は遺伝的特徴に関連付けられるということが双子や養子を対象とした100以上の研究で確認された。その他にも、そうした行動を促進する遺伝子を特定するための研究も始まっている。

一部の個人を暴力的にする身体的な奇形や機能的な異常は脳撮像技術で特定される。米ニューメキシコ州の刑務所で行われた最近の研究では、どの囚人が釈放後に再犯する可能性が最も高いかを脳スキャンが正確に予測した。
(略)
ほとんどの人は今も神経犯罪学の影響にかなりの気まずさを覚えている。保守派の人々は、暴力に生物学的リスク要因を認めることで、社会が犯罪に対してソフトアプローチを取り、個人の行動の責任を誰にも負わせなくなることを懸念している。進歩派の人々は、表向きは無罪の人が生物学的理由で烙印を押される可能性に断固反対している。両者ともに、人為や自由意思といった考えを損なうかのようなあらゆる試みを恐れているのだ。

しかし、積み重なっていく証拠を無視するのはますます難しくなっている。神経犯罪学が犯罪防止と刑事司法の両方に対するアプローチを一変させる可能性があると考える新たな支持者、研究者、専門家は毎年のように増えている。

暴力の解剖学

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なにが 「人為」 だ。なにが 「自由意思」 だ。

ほぼほぼ全員が死にたくないから生きたり殺したりしてるだけなんだから、そもそもがレス・ザン・ヒューマン。ほぼほぼ全員がただのアニマルズざます。
アニマルズの世界には、 「悪」 とか 「犯罪」 とか 「自由意思」 とかは最初からありませんのよ。くすくすくす。










蝕む


エンプティを見て 「エンプティだなあ」 と思い、エンプティな顔をしてエンプティを見ている。
エンプティを見て 「エンプティだなあ」 と思い、エンプティを見ているエンプティな顔を覆うお面を探す。

どっちにしても、エンプティはなくならない。
というより、ジタバタすればするほど、エンプティは輝きを増す。

(めずらしくまちがったことを言ってないような気がする.......)


若女





蝕む


「ケ」 がなくなったとき、「ハレ」 はどうなるんだろう。

歌舞音曲、カーニバル、セックス、犯罪、そして戦争。
それらはどうなるんだろう。

さらに。
インディペンデントな 「ハレ」 とはなんざんしょ。

人類史上初。あまりにも、あまりにもすぎて、めまいがする。








蝕む


「あしたからずーっと働かなくていいよ」

それは、消費と快楽オンリーでも精神のヘルシーをキープできる、2流ではなく3流なヒューマン (!) がどれくらいいるのか、という問題。
と同時に、放っておくといつでも自分勝手になにかをクリエイトしてしまう自己チューすぎるヒューマンがどれくらいいるのか、という問題ざます。











蝕む


思えば、アニマルズはそもそも生産とは無縁。消費と快楽しかない連中ざます。
ひるがえって、近未来、大多数のヒューマンが好むと好まざるとにかかわらず、生産と疎遠になり消費シフトとなったとき、アニマルズと消費ヒューマンのちがいはなんざんしょ? 
来たるべきその近未来、人権とはなんざんしょ?

ちがう言い方すれば、「アニマルズじゃない、と言い張るなら、その根拠とはなんですか?」 ざます。







蝕む


ヒューマンは、じきにエコノミーのサニーサイド (生産のキープ) にあんまり関与しなくなるのだろう。
ゆえに、ヒューマンのメインテーマは、エコノミーのダークサイド (消費のキープ) へ移行していくんだと思う。

ちがう言い方をするなら、ヒューマンのメインテーマは 「力から快楽へ」 「規律から自分勝手へ」 移行する。かな。

まあ、なんにしても、「AIの世界には消費や快楽というテーマがない」 ということは確かざます。








「憂国」


憂国


読書の秋。
1冊め。ユキオ 「憂国」。
(しつこいなあ。......というより、もはやストレンジャーすぎる朕だなあ)

で、感想。

これは傑作でありましょう。
ほぼ全員にばれているネタ。そして、ほぼ全員が知らない内容。
そして、その内容とは、きわめてレアな形式による人間賛歌ざます。

「潮騒」 の人間賛歌がそうであったように、「憂国」 もまた、ユキオによる 《真・善・美=古典世界》 という真理 (※) のプレゼンだったんだろうと思う。

※ ユキオに寄り添って言えば、真理はただ真理なだけなのでイデオロギーとか関係ない、真理はイデオロギーの上位にある、ということでしょう。





体罰


「顔にビンタ」 は、主体としてのお粗末をなんとかしたいと思っている。
「頭にゲンコツ」 は、ブレイン自体のお粗末をなんとかしたいと思っている。

で、「お尻にスパンキング」(!)は、ボクたちのアニマルお粗末なヒューマン・ゾーンにキミたちも降りて来てほしいと祈っている。みたいな。

ヒューマンってデリケートだなあ。


ダブル・レインボー






実弾 ── ユキオのこと


引き続き、誰も興味持ってないユキオの話──

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旧作を読み返しておどろかされるのは、少年時代、幼年時代の思い出、その追憶の感覚的真実、幾多の小さなエピソードの記憶等が、少なくとも二十代の終り近くまでは実によく保たれていたということである。
それらを一切失わせたのは、一つには年齢と、一つには社会生活の繁忙さとであろう。きめこまやかな過去の感覚的記憶を玩弄していられるには、肉体的不健康が必要であり、(プルウストを見よ!)、健康体はそのような記憶に適しないのであろう。
私が幼少年時の柔らかな甘い思い出を失う時期が、正に、私の肉体が完全な健康へ向う時期と符合しているのである。
(三島由紀夫)
---------------------------

現在がないから過去があった。現在があるから過去が消えた........か。

でも。
ユキオがああいう檄をとばして切腹したのは、
「戦後、現在というものがなくなってしまった日本に、過去 (前近代・戦前) という実弾をブチこむ」
のついでに、
「現在があるようになったと思いこんでる自分自身 (=あらためて別種のからっぽになっちゃった自分自身) に、過去 (幼年・少年) という実弾をブチこむ」
だったんじゃないかなあ。と思う。

というより、ホントは後者がメイン・テーマだったんじゃないかなあ。とも思う。

聖セバスチャン




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2017-09

プロフィール

 

朕

Author:朕
オーチン・ハラショー。朕ざます。
朕は、麻呂や主のようなものざます。
東京都在住。朕&ドーター&ボーイ。3人暮らしの朕ざます。

 

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