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人権反対


人権についてテキトーに探ってみたら、人権思想の原点は、
「死にたくない(殺されたくない)」
「無理強いされたくない」
「奪われたくない」
等々のヒューマンの気持ちであることがわかりました。

で。
「死にたくない」 「無理強いされたくない」 「奪われたくない」 等々は、実は動物が一番熱心に考えていることざます。意識的だったり無意識的だったりするけど。

だったら、動物にも人権があっていいはず。
でも、動物に人権はない。その証拠に、動物は動物愛護法とかの対象ざます。

       *

というわけなので、以下のような寓話を考えてみました。

       *

ある日突然、ラジオより朕の玉音が放たれ 「人権という概念の廃止」 を告げる。
さらに、「以降、臣民は、動物愛護法のケア対象のファーストクラスとして下方修正される」 ということもあっさりと告げる。別に耐えがたくもなく。

それを直立不動あるいは土下座で聞いていた臣民たちのどよめき。
「ざけんな。おれたちは人間だ、バカヤロー」
ゼアズ・ライオット・ゴーイン・オン。パワー・トゥ・ザ・ピープル。

しかし、そこですかさず朕から必殺の一撃。
「もちろん、みんなは人間。ただし、死にたくないだけだから動物人間。だから動物人権。実質、今とな~んにもかわらないから、そんなに心配しないで」

玉音放送

       *

捕鯨反対や殺処分絶対反対みたいな 「動物を人間あつかい」 方向だと、最終的に、天敵的なものまで人間あつかいせざるを得なくなって、きわめてデンジャラスなゾーンに突入する。

一方、「人間を愛護動物あつかい」 にはそういう落とし穴がない。というより、とりあえず今のところ、なにひとつ問題がないような気がする。
人権思想由来の 「死にたくない」 「無理強いされたくない 」「奪われたくない」 等々だけが人間の条件であるならば。


(おまけ)
動物は動物愛護をしない。
ゆえに、動物愛護的なアクションこそがヒューマンのヒューマンたるゆえん、ということはある。もちろん。
そのことについては、またあとで考えるつもり。



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アザブジュバ~ン。朕ざます。
朕は、麻呂や主のようなものざます。
東京都在住。朕&ドーター&ボーイ。3人暮らしの朕ざます。

 

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