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「君の名は」



君の名は


テレ朝。「君の名は」。

ラブっぽいシーンにミニー・リパートンの 「Lovin` You」 が流れてラブなシーンということになる。
そういうおこないを倒錯といいますが、そういうおこないは現在のそうとう劣っている世の中ではごく普通のことなので、「君の名は」 は普通の劣っている映画ざます。

ラブっぽいシーンにミニー・リパートンの愛の歌が全力で流れます。





「シン・ゴジラ」 に続き 「君の名は」 も、ただただ現在の貧困でしかなかった。残るは 「この世界の片隅で」 か。
テレ朝・日テレ、早くしろよ。


 * * * * *


《おまけ》
「シン・ゴジラ論 ─── 朕がおともだちに 「シン・ゴジラ」 についてコメントしたそのまんまの巻」

「シン・ゴジラの主人公は “有事対応のしかた” だった。でも、そんなの映画じゃないよ」── ということを、とりあえず、「十二人の怒れる男」 と 「シン・ゴジラ」 のちがいで説明します。
(ちゃんとした映画なら 「十二人の怒れる男」 以外のどういう映画でもでいいんだけど)。

「十二人の怒れる男」 が審陪員裁判というシチュエーションを用いて描写していたのは人間および人間模様です。審陪員裁判制度ではありません。
それに対し、「シン・ゴジラ」 が有事対応というシチュエーションを用いて描写していたのは有事対応そのものだったと思います。
なぜなら、「十二人の怒れる男」 の登場人物には感情移入できる。好きになったりきらいになったりできる。でも、「シン・ゴジラ」 の登場人物にはほぼほぼ感情移入できないから。

なぜ感情移入できないのか。
それは、「シン・ゴジラ」 の登場人物が有事対応のための 「機能」 としてしか描かれていなかったからだと思います。
そして、「シン・ゴジラ」 の登場人物が 「機能」 としてしか描かれていなかったのは、作り手が 「シン・ゴジラ」 において最も描きたかったものが有事対応そのものだったからだと思います。
(そして、そういうノー・ヒューマンな視点こそが 「シン・ゴジラ」 の 「シン」 たる所以なのだと思います)

で、最も描きたかったものが有事対応そのものであるなら、それは登場人物 (ゴジラとかゾンビとかも含む) や人物模様や世界模様というようなものを描く 「映画」 である必要はなく、防衛省監修の 「有事対応シミュレーション・ビデオ」 でいいじゃんかということです。
もちろん、防衛省監修のビデオにはゴジラは出てこないけど。


有事





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